毎日違う土地で眠りたい

「わたしたちはそういうふうにますますなって行くんじゃないかと思うのよ、ヘレン。人をたくさん知れば知るほど、代わりを見つけるのがやさしくなって、それがロンドンのような所に住んでいることの不幸なんじゃないかと思う。わたしはしまいには、どこかの場所がわたしにとって一番大事になって死ぬんじゃないかという気がする」――『ハワーズ・エンド』(E・M・フォースター/吉田健一・訳)

長い旅の記録(後編)  ――4泊5日新潟旅行記

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佐渡島の景色はどこも美しかった。

中編で書いた小木の部分が今回の旅のハイライトだったので、あとはもう、駆け足で書いていきたいと思う。

 

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f:id:hikidashi4:20190524200126j:image佐渡2日目は、相川地区へ向かった。ここは佐渡金山のある地域だ。

金鉱の採掘跡は想像以上のスケールで、大迫力だった。金(ゴールド)はまさに権力そのものだということがよくわかった。でないと、危険を冒してこんなに巨大なものが運営できるわけがない。

それにしても、これまで人気のないところばかり観光してきたため、ここでの観光客のうるささには閉口してしまった。

 

もうひとつ金山で面白かったのは、おみやげ所である。

金塊が積み上げられたようにディスプレイされたものに、「これが本物なら…260億円」と書いてあるので、なんだろうと思ったらボックスティッシュだった。

この他にも金にかけた様々なおみやげがあり、金山のおみやげは見ているだけで楽しかった。

 

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しかし金山を出ると、人気がぱったりなくなった。昨日の曇天が嘘のように、この日はカッと太陽が照りつけている。私は日傘をさして山を下ったのだが、他に道路を歩いている人影は一つもなかった。

 

また、昼食を食べるところがない。町のメインストリートらしき通りは、どの店舗もシャッターを下ろしている。

かろうじて営業しているらしきところに入るが、中には誰もいない。すみません、と声を張ると、奥からおばあさんが出てきた。お昼やっていますか? と尋ねると、大丈夫だと言われる。

おかしかったのは、焼魚定食のお魚はなんですか、と訊くと、ちょっと待ってねと奥へ引っ込んで「アジ、今日はアジよ、こういうの」と生の魚を持ってきて見せられたことだ。それにします、アジ大好きです、と私は笑いながら言った。

料理が出てくるのを待っている間、なんと続々と客が来て、店はいっぱいになってしまった。他に入れるお店がなかったのだろう。おそらく、店のおばあさんが一番びっくりしていたのではないかと思う。

 

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 f:id:hikidashi4:20190524200234j:image新潟滞在最終日は、ドナルド・キーン・センター柏崎へ行った。

とても行きたかったところなのだが、電車の都合で1時間ほどしかいられない。少しでも長く見学しようと早く行って、開館時間の10時前に着いた。

ガラス張りの扉から中をのぞいて見ていると、カウンターの人が出てくる。どうしたのだろう、と思っていると、その人は扉を開けて、なんと中へ入っていいですよと言った。

「いいんですか?」

「どうぞどうぞ」

願ってもないことに、私は狂喜乱舞である。受付で、

ドナルド・キーンさんのことはご存じですか?」

と訊かれたので、しっかり「ファンです!」と答えた。

 

ドナルド・キーン・センターの展示はとても素晴らしかったのだが、私は時間がなかったので、豊富な映像資料のほとんどを見られなかったのが残念である。

唯一見ることができたのは、キーンさんが『源氏物語』について語っている資料だった。

キーンさんは『源氏物語』を読むことで、当時の暗く恐ろしい世相(1940年、ヒトラーの軍隊がノルウェーデンマーク、オランダ、ベルギー、そしてフランスの半分を侵略していた)から逃避することができた、と語っていた。

その時の私のリュックには、まさに読みかけの『源氏物語』が入っていた。そして、私が『源氏物語』を読んでいるのも、そしてわざわざこうやってこのセンターを訪れ、キーンさんが話しているのを聴いているのも、同じ理由からだった。

私も、たとえ一瞬でもいいから、恐ろしい現実から目を逸らしたかったのだ。

戦争が起こっていた当時と、今の私の状況は全く比べものにならないが、それでもそう思うと私の目からは涙があふれた。

 

 ***

 

これで、私の新潟旅行記は終わりである。

帰りの飛行機の中でも、私は号泣してしまった。いろいろな感情がせめぎ合って、感傷的な気分になってしまったのだろう。それについて詳しいことは書かないけれど、おそらく、隣の席の女の子にドン引きされていたのではないかと思う。

 

 

おしまい